端渓(たんけい)第一大硯
日本第一端渓硯
この端渓(たんけい)第一大硯は、端渓(たんけい)硯の都である斧柯山の山中の奥深き所から産したもので,天然の貴重な端渓第一大硯である。大きさと品質は最高で端渓硯のシンボルとして端渓工場に飾られていた大硯である。
この端渓第一大硯の原材は1982年の初夏、数十キロにわたってのびのびと起伏している斧柯山の山中で有名な採掘工・梁妹氏によって発見された。採掘工・妹梁氏は広東省肇慶(白石村)出身で端渓の名硯を求めて山中の奥ふかくまで探索する採掘工として中国の最高権威であるし著名な人である。
採掘工・梁妹氏は,石切り工具を使って、発見したこの端渓材の表面を切り開いてみた。そして調査をした結果、その材質は端渓硯として、まれに見る素晴らしいものであり,加えて端渓硯を製作するのに、貴重な文様を発色する材質であるとわかった。貴重な大発見であった。
しかしこの周辺の地形は大変複雑で山に岩が重なって複雑であるし、その上、樹木が生い茂っている。山の中は坂が険しく、山は幽谷深淵であった。勿論 小道すらない。この特大の端渓材に傷を付けずに完璧な状態を確保して運搬することは容易なことではない。
妹梁氏ら採掘工達は検討し協議を重ねた。そして古代からの運搬方法で70人の山男たちにより、8ヶ月もの月日をかけて無傷のままで端渓硯の作業場に運び入れた。それは、アリが家を運ぶが如しという表現で報道された。安置されたこの材をみて、端渓の彫刻師たちは驚嘆した。それから協議を重ねて、そして14ヶ月もの月日をかけて見事な「天下第一の端渓硯」が製作された。
中国の歴史上で最高の財宝として人々を熱狂させ続けたのが端渓硯であった。その中でこの「端渓第一大硯」は、ひときわ優れた名硯として端渓硯の宝物として保存されていた。
日本中国国交30周年を記念し、中川美術館で展示した。
端渓第一大硯
1、日本最高唯一の大端渓硯
2、日本中国国交正常化30周年記念の記念切手に採用されたケ林女史(中国最高実力者・ケ小平氏の長女)と総務大臣片山虎之助閣下が記念切手発行を祝し、中川美術館天安門前にて、この端渓第一硯で最初に記念揮毫をする。
特質 淡い青色、火捺(かなつ)(あかい炎の色)、魚脳凍(ぎょのうひょう)(白い色)、蕉葉白(しょうようはく)など
形 天然型
寸法 縦2b10a、横1b55a、厚23a、重量750`
採掘された坑の名称は、端渓沙浦麻子坑である。
発見年 1982年
発見者 妹梁氏・広東省肇慶(白石村)
端渓(たんけい)第一大硯の意味するもの この硯は、常に潤いがあり、いくら使っても磨耗することがない
(常に豊かでいつまでも続くことを暗示している、手を合わせたい)
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