中川館長日記2

中川美術館 館長 中川健造氏の気まぐれ日記です。


2004年5月29日

5月29日、250年前の古い家の天井に使われていた貴重な煤竹が手に入った。

早速、利休様の気分になって、茶杓作りを行った。
ゆっくりと丹念に茶杓作りを始めた。
250年の歳月を経た煤竹は硬くて、曲げようにも曲がらなかった。
ろうそくの炎と水を按配良く使いながら、1日がかりで茶杓を作った。
黒竹や珍しい四角な竹などで茶杓を作った時は、これほどまで苦労はしなかった。
夕方、この茶杓を使って、早速一服抹茶を点てて、満足感に浸った。


2004年5月27日

5月27日、美術館の樹木の消毒をした。
藤の花や桜などのほか、大切にしている白雲花にも消毒を丹念にした。
この白雲花は、嵯峨公爵の長女、浩さんが、ラストエンペラーの弟、愛新覚羅溥傑氏と結婚する時に、貞明皇后陛下から拝受し、満州国で二人で大事に育てなさいと、言われたものであった。その孫木である。「こせい」さまが、中川美術館に記念日のパーティーにわざわざ持参くださったゆかりの貴重な樹木であった。
日中国交正常化30周年記念の年(2002年)の10月、中川美術館の庭に、溥傑閣下(故)の次女・「こせい」さんと、中国最高実力者・ケ小平(故)の長女・ケ林女史と妻・中川恵子の3人で記念植樹した意義ある樹木である。
以来、1年7ヶ月が経過しているが、順調に生育しているので、ホッとしている。私の今一番の関心事なのである。
さて、話は変わるが、人民中国7月号に私の執筆した「景徳鎮彩色磁器への想い」が掲載されるので、是非見て欲しい。


2004年5月25日

5月23日、今年は旧暦に合わせて釈迦七尊像の特別公開をした。

今年は急遽開催を決定したので、準備期間がなくて心配していたのだが、ボランティアスタッフのお陰で無事お客様をお迎えすることが出来た。
釈迦七尊像とはお釈迦さまを中心に一番弟子・迦葉、二番弟子・阿難を配置し、菩薩像2体と天王像左右2体を安置した見事な塑像である。当日は多くの参観者をお迎えし大変嬉しく思った。NHKも12時と18時のニュースで放映してくださり、大変感謝している。また、読売新聞や中国新聞、そして地元の大陽新聞も記事を載せてくれ、感謝している。


2004年5月20日

5月20日、中川美術館で釈迦七尊像の埃を払った。
今度の釈迦七尊像の特別公開に備えてである。釈迦のおおらかなお姿に接して、しばし心の安らぎを得ていただきたいと思う。年に1度の公開なので、是非観ていただきたい。


2004年5月18日

5月16日、商店街を歩いていると、昔の映画のポスターを一堂に並べてあった。その中に、「悪名シリーズ」の映画のポスターもあった。私の学習院大学時代からの親友であった故・田宮二郎を見て懐かしく思った。
5月18日、中川美術館ボランティアスタッフ5人で、鞆の鯛網を見に行った。その後、中川美術館の草刈もした。天気に恵まれ、とても楽しく過ごした。


2004年5月16日

5月14日、福山地区ライオンズクラブの会合に講師として呼ばれる。

「中国と日本文化について」1時間の記念講演をする。出席者は340名で盛会であった。話を熱心に聞いてくださったので、私も気持ちよく話が出来た。
5月15日、学習院大学以来の親友である小沢一彦氏が我家に来訪する。小沢一彦氏は、現在、神奈川県・横須賀市商工会議所会頭である。そして、かって日本青年会議所(JC)の第27代会頭であった。妻の自慢の「おでん」で昼食をしながら、ゆっくりと語り合った。


2004年5月10日

5月10日、人民中国雑誌社の原稿を送って、ほっと一安心した。
今日、商工会議所の皿海専務理事が来られた。
5月14日にとおり町交流館で開催されるラテン音楽「ジョー・カノとその仲間たち」のコンサートに誘われた。とてもいいコンサートなので、行きたいと思ったが、ちょうどその日は、ライオンズクラブから講演を頼まれているので残念ながら行けない。


2004年5月9日

中川健造館長

5月9日、人民中国雑誌社から依頼された原稿を書いた。

景徳鎮に関することである。記事を書いている時に、酒田市の備前さんから宅急便でお菓子が届いた。早速、その酒田のお菓子を食べて、景徳鎮の茶碗で抹茶をいただいた。いい茶碗でお茶を頂くことは、最高の贅沢であると思う。


2004年5月8日

5月4日、山形県酒田市へ行った。5月5日の茶会と講演会のためであった。広島空港から羽田空港を経由して庄内空港に到着する予定であったが、大風のため、私が乗った飛行機は庄内空港に着陸せず、羽田空港に引き返した。急遽、東京駅から新幹線で新潟まで行き、特急に乗り換えて酒田に到着した。自宅を朝7時40分に出て、酒田に到着したのが夜9時20分で移動時間の長い1日であった。

茶会 楽之会

5月5日、三周年楽之会茶会に招かれた。「楽之会」とは、私が依頼されて命名した会で、酒田市の表千家、裏千家などの流派を超えた茶の愛好家の会である。いろいろと趣向が凝らされていた。

講演会

端午の節句なので、鯉のぼりの染付けの皿が使われたり、兜が飾られていた。素晴らしい茶会であった。
茶会の後、私の講演会があった。講演会の参加者は、酒田市長を始め、茶会出席者約200名であった。講演会も大好評であった。


2004年5月1日

4月21日、中国世界遺産写真展について打合せに広島へ行った。NHKソフトウェアの豊原社長にも会った。その後、福屋で「田中一村展」を観に行った。いい展覧会であった。友人の大矢鞆音氏が18年追い求めたものだ。氏の情熱に頭が下がる。4月17日、大矢氏が自宅にも来られた。大矢氏はNHK出版社の方で、津和野の安野光雅美術館館長でもある。
さて、人民中国4月号に、油絵について私が書いた記事が載っているので、機会があったら見て欲しい。


2004年4月17日

4月12日〜16日、中国北京へ夫婦で行ってきた。
人民中国雑誌社との打ち合わせであった。人民中国4月号に「きらきら輝く中国油彩画」を執筆した。
今回は、人民中国7月・8月・9月号に「景徳鎮の磁器」について連載する打合せを行った。
それから、中国に世界遺産が30箇所ある。その世界遺産の写真展を行うことについて協議をした。
また、新しく人民中国社長に就任した干明新氏にお祝いを述べた。干明新氏はこう語った。「中川健造館長とは今年で18年の付き合いである。これは9+9で一番目出度い数字を足したことになる。それから社長に就任して今日が99日目である。9がこれだけ重なった時にお訪ねいただいた。中川館長とこの意義深い日にお会いできるのは大変嬉しい。今後、益々緊密に連絡を取り合い、日中文化交流に手を携えていきたい。」と熱っぽく語った。
また、中国青銅器の蒐集で著名な博物館、保利博物館に案内される。中川美術館と姉妹縁組を提携していきたいと持ち掛けられた。


2004年4月3日

3月28日、岩国の「中川コレクション至宝展」が成功裡に閉幕した。
無事撤去作業も終わり、ほっとした。

桜

3月23日、福山のとおり町交流館へ音楽会を聴きに行った。「とっても素敵なハートフルコンサート」で、豊嶋泰嗣氏のヴァイオリンと荒田和豊氏のギターの演奏だった。福山の商工会議所が主催したもので、とても素晴らしかった。少人数で名演奏家の音楽を聴き、大富豪になった気分であった。
3月24日、しぶや美術館渋谷早苗館長が岩国での「中川コレクション至宝展」を鑑賞し、とても素晴らしかったと感想を伝えてくれた。
3月29日、広島プリンスホテル10周年記念のワインと広東料理を楽しむ会に参加した。
4月3日、中川美術館で花見をした。中川美術館の桜は今満開である。親しい仲間(中川美術館ボランティアスタッフ7人)で満開の桜を楽しんだ。近年になく、桜が咲き誇って、春を楽しむようだった。とても良かった。


2004年3月27日(2)

3月25日、美術鑑賞のため神戸に行った。第九の怒涛展を鑑賞した。
ロシア美術館収蔵のロシア近代絵画の最高傑作といわれるイヴァン・アイヴァゾフスキーの「第九の怒涛」が展示してあった。私はロシア絵画が大好きである。昨年はロシア絵画のクロムスコイの「見知らぬ人」を観て、感動したものだ。続いて、大英博物館展を観に行ったが、入場まで2時間待ちと言われ、大阪での次の約束があったので断念した。


2004年3月27日(1)

3月24日、岩国へのバスツアーを企画した。約40名の参加者であった。

まず、岩国シンフォニアにて中川コレクション至宝展を一行で鑑賞した。その時も、会場内は多数の鑑賞者でごった返していた。そして岩国国際観光ホテルで食事をした。その後錦帯橋の架替の総責任者村中さんに錦帯橋の説明をして頂いた。

村中さんは50年前の架替工事にも携わっておられる方である。この日は桜は咲き始めであったが、とても良い天気で、錦帯橋も我々を歓迎してくれているようだった。下関から赤間神宮の宮司さんも来られた。
吉香公園を散策して、錦川清流鉄道にも乗車し、皆満足して福山へ帰った。楽しいバス旅行であった。


2004年3月21日

3月19日、三笠宮殿下、同妃殿下ご臨席の「錦帯橋架替完成観光交流会」に出席した。

開幕式 開幕式2

3月20日、岩国での「中川コレクション至宝展」が開幕した。東京から、中国大使館の何静1等書記官と日中文化交流協会から佐藤純子常務理事が開幕式に駆けつけてくださった。映画監督の篠田氏も来られた。
福山や広島から遠くは山形県酒田市や大阪からも多くの知人が来て下さった。また、福山の商工会議所や福山市の町内会の一行がバスツアーを組んで来て頂いた。3日間限定の錦帯橋のライトアップを見て福山に帰った。ライトアップもとても良かった。

3月21日、「中川コレクション至宝展」と同じシンフォニア岩国で上田宗箇流茶会に正客として招かれた。いい茶会であった。「中川コレクション至宝展」もお陰様で評判がいいそうだ。岩国市長も夫婦で来られた。


2004年3月16日

「商工ふくやま3月号」の「私の青春」欄に「今も青春」というタイトルで文章を書いた。先月乗船した「クリスタル・セレニティ」のことを中心に書いた。機会があれば是非読んでいただきたい。

岩国での「中川コレクション至宝展」も今週の3月20日土曜日から開幕である。
錦帯橋のライトアップも19日から21日までの3日間で、夜の錦帯橋も楽しみである。
今、ボランティアの協力者とともに準備の毎日である。


2004年2月29日(4)

2月24日、広島アステールプラザで、ミュージカル「ファイティングベイビー」を観た。

私の大学時代からの親友であった故・俳優・田宮二郎の長男、柴田光太郎が主演するので、福山から応援団が駆けつけた。
彼はミュージカル初挑戦で主演なので、こちらも緊張して観たが、無事終わって私たちもほっとした。田宮二郎に生き写しの風貌であり、歌も良しダンスもよかった大成を期待する。


2004年2月29日(3)

2月15日、リーデンローズで中国・広東雑技団の「ZATSUGI」に招待された。
長い歴史の中国雑技に、新しい技術や衣装を取り入れることで、素晴らしい舞台を作っていた。演出も素晴らしいし、中国芸術が世界をリードする立場になってきたと強く感じた。
中でも「東方の白鳥」は圧巻であった。
とても感動した。


2004年2月29日(2)

2月15日、永いお付き合いをいただいていた鞆の安国寺住職の本葬があった。住職は昨年12月29日亡くなられた。
住職はとても博学で色々と教えていただいていた。とても惜しい方を亡くした。安国寺には皇太子殿下が度々訪問されていたので皇太子ご成婚の時に中川美術館と安国寺主催で中川美術館にて記念茶会を開催したのも昨日のように思い出される。4月に中川美術館で追悼茶会を開きたいと思う。


2004年2月29日(1)

私たち夫婦は名古屋の友人に誘われ、2月5日から2月14日まで豪華客船「クリスタル・セレニティ」でのワールド・クルーズに乗船した。グアム、サイパンを回り、太平洋を航海して広島、神戸、名古屋、横浜と寄港した。

気功体操から始まりスパに入り、その後朝食を取った後、メール室でメールを送受信するのが、朝の日課であった。
ルームサービスを頼み、部屋のバルコニーで何度か食べたが、とても気持ちがよかった。
世界的に有名なノブの寿司も気に入って何度も通った。
船長主催のバレンタインパーティーやフェアウェルパーティーなどには皆ドレスアップして出席し、豪華な食事と音楽を楽しんだ。
現在世界一と言われるだけあって満喫できた。
以前、飛鳥の処女航海に乗船したがランクが違う感じであった。病み付きにならないようにしなければならないと思っている。


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