中川館長日記6
中川美術館 館長 中川健造氏の気まぐれ日記です。
2005年12月30日
12月22日、大阪空中庭園で開催さる中川コレクション展の鑑賞ツーアは満席となり締め切りとなる。毎回大勢の参加者を頂き、感謝している。
12月23日の午前、大阪空中庭園の中川コレクション展の出品作品の点検をした。午後からNHKハイビジョンで宝塚の特集を観た。1月26日の中川コレクション鑑賞ツアーで宝塚「ベルサイユのばら」を鑑賞する事になっているので、興味深く観た。1月の公演はマリー・アントワネット生誕250周年記念で、フェルゼンとマリー・アントワネット編である。とても今から楽しみにしている。
12月28日、年末恒例の餅つきをした。中川家伝統行事で、毎年師走の28日に親族総出で餅つきをする。兄一家と私たち一家が兄の家の中庭で、代々の石臼を置き、一日がかりで餅つきをする。健康のバロメーターでもある。今年は8臼の餅をつく。
2005年12月18日
12月13日、私たち夫婦は1月にオープンするスポーツクラブに入会した。今週無料体験会が開催されていたので、何日か通った。設備も近代式で新しいし、プールもお風呂もあるので気に入っている。健康に留意することを第一にしたいと思う年頃となった。残念!
12月14日、大阪駅前の空中庭園(梅田スカイビル40階)で開催される中川コレクション展に出品する作品の選別する。今回は油絵の名品を展示するのが特徴である。21世紀のゴッホやピカソになるであろう中国絵画界の俊英の代表作を公開する。加えて、中国画の名作を出品する。
12月15日、友人と忘年会をする。渡邉、広島、野田、西原の論客がそろったので論壇風発する。中川一家が出席したので適当なところでで押さえられて愉快な会であった。年内に、もう一度忘年会を開催することを約束して散会する。
12月17日、福山ツーリスト鰍ナは大阪・梅田スカイビル40階で開催される中川コレクション展の鑑賞ツアーを募集していたが申し込みが多いと連絡を受け、大変うれしい思いである。40階から見る眺めは100万ドルの景色である。
12月18日、朝うっすらと雪が積もり寒い一日であった。終日、家の中で過ごすことにし、書き残していた年賀状を書いた。
2005年12月10日
11月19日、広島市から広島女性会一行約30名が来館。中国絵画の素晴らしさに感動したと言われ、嬉しく思った。
11月22日、夜、広島市の郵便貯金会館で中国の天津歌舞劇院の公演を鑑賞した。現代中国の繁栄を象徴したような華麗な舞台であった。素晴らしい歌舞団の踊りなどを充分堪能した。
11月27日、今日は私の60代の誕生日である。家族で祝した。
12月1日、私の長年の友人・城さんが来館。城さんは、元内閣総理大臣・佐藤栄作先生の秘書であった。東京からの日帰りの来訪であったが、私はゆっくりと語り合えて嬉しかった。次回は東京で会うことにした。
12月5日、アメリカのサンタフェの有名なホテルアナサジから一行5名が来館した。サンタフェは宮沢りえの写真集で日本では有名な都市となった。サンタフェのホテルのオーナーである友人が私たちを招待してくれて、私たち夫婦は1993年6月と1994年3月の2度、サンタフェを訪れている。サンタフェでは標高3500mの高地で雪山でのスノーモービルにも初挑戦し雪山を走り抜けてひやひやしたことなど懐かしく思い出された。西部劇で有名なサンタフェ鉄道の始発駅で私たちにとっては青春の思い出の土地であった。今回は、友人と友人のホテルの料理長やスッタフであった。
12月9日、東京の三浦さんから大相撲初場所の初日の正面升席の2列目のチケットが届いた。とても良い席で今からとても楽しみにしている。正月場所の初日の升席は確保することは大変難しいと聞いていたので大感激である。相当に顔の効く人である証拠である。相撲観戦の後中華料理をいただくことも有難い。全て甘えることにした。感謝感謝。
12月10日、中川美術館スタッフの忘年会をした。今年は、夏に小泉総理が来られたことなど色々と語り合った。何時もながら、和やかな会であった。10名の忘年会であったが、にぎやかで来る年への思いを語り合った。16時ごろ散会した。
2005年11月16日
![]() |
10月21日、北京から中国外文局・林副総編集長ら一行5名が福山へ到着した。福山駅に出迎えた。福山市長とも会った。渋谷早苗さんとも会う。歓迎の夕食会を行った後、我が家で大いに歓談する。
10月22日、早朝、福山を出発し広島平和公園を案内した後、原爆資料館を見る。昼食は広島プリンスホテル22階で素敵な雰囲気で食事をした。その後、宮島を案内した。鹿がたくさんいるので一行は驚いていた。宮島からの帰途に「しまなみ街道」をドライブ中、虹がかかった。とてもきれいで、一同大感激した。大島の料理屋で海を見ながら魚料理をいただき中国の一行は大満足であった。
10月23日、中川美術館で「雑誌・人民中国愛読者の会」を開いた。愛読者が集まり楽しい語らいをおこなった。小川市議会議長も出席し盛会であった。その後、中川美術館のコレクションを鑑賞した。中国・林先生一行は夕方京都に向け新幹線に乗り、私たちと別れる。
11月5日、ホリエモンこと堀江貴文・ライブドア社長と会う機会があった。福山市の経済レポート社で西原社長の紹介であった。生きいきとして若者の青春の匂いに満ちた近代経営者で私は大いに刺激された。良い出会いをいただいた。
11月15日、東京で友人・徳江陽子さんの40年記念ピアノリサイタルが開催された。学習院の後輩で素敵な女性ピアニストで外国での活躍が多い。昨年は上海の自動車レース・F1をご一緒した。
2005年10月19日
10月14日、1年ぶりに福山から成田空港に向う。上海に行くためである。上海の郊外に完成されている「上海F1レース場」のエントランスに大きな壁面いっぱいの陶板画を完成し、寄贈したテッド・タナベ氏と日中文化交流協会常務理事・中野氏と成田空港で合流し上海に出発する。昨年のF1レース開幕式にもご一緒したお二人で、懐かしいお二人であった。
昨年2004年9月、上海にF1レース場が忽然とオープンし、その開幕披露に私たち家族は招待され喜んで出席する。その時も、最高の待遇を受ける。爾来、すっかりF1レースの魅力にとりつかれ、F1の大ファンとなる。今年も招待されたので喜び勇んで上海へ行く。
10月15日、予選を観戦した。その後、上海市内の南京路にある伊勢丹の「益田屋」に行った。益田屋は日本茶道を教えたり、日本の茶碗などの茶道具を販売しているお店である。
10月16日、今日は待望の決勝の日である。興奮をしながら決勝を観戦した。ルノーのアロンソが圧倒的なスピードであった。トヨタが3位になって表彰台に立ったのもよかった。佐藤琢磨は残念な結果であった。私は佐藤琢磨のファンである。
10月17日、成田空港で、佐藤琢磨選手と会った。「残念な結果だったが、応援しているので、これからも頑張ってください。」と話して、握手した。とてもさわやかな選手であった。予定通り福山に帰り、我が家で食事をした。
2005年10月3日
9月26日、広島県庁の備後地区OB会一行50数名が美術館に来られた。平素だと15名ぐらいの集まりだが、今回は中川美術館見学をメインにしたらたくさんの参加者となったそうである。皆さんは熱心に鑑賞され予定時間をオーバーし、口々に又ゆっくりと来ます、と挨拶され名残惜しそうに帰られた。私の中国絵画などの館長講演があり好評であった。
閉館前に東京から三浦印刷専務・三浦剛治氏夫妻来訪。熱心に鑑賞され私と呼吸が合った。東京大相撲初場所に誘われる。喜んでいくと約束した。大変ありがたいことである。
9月27日、所要で東京へ行く。東京駅に到着後、東京ステーションギャラリーで「加守田章二展」を観た。私の好きな陶芸家であったが40歳ぐらいで他界され残念なことであった。加守田作品の代表作を網羅した展覧会である。是非とも観たい展覧会であったので、ゆっくり時間をかけて鑑賞していたら、ばったりと陶芸家の小野寺玄氏と偶然会った。小野寺玄氏は日本で私の最も好きで、優れた陶芸家である。小野寺玄氏こそ人間国宝になる方であると大いに買っている。謙虚で熱心な勉強家でもある。三越で伝統工芸展が本日から始まったので、是非とも観てほしいと言われた。私は次の予定があり残念ながら別れる。
日が暮れて赤坂プリンスホテルの旧館のバーで友人の菅川氏とグラスを傾けながら語り合う。ここはとても思い出のあるバーである。菅川氏が、岡山理科大学で憲法の講義をしたら学生が教室いっぱいになったと語っておられたのが印象的であった。たくさんの学生に圧倒され論旨に乱れがあり、冷や汗が背中を伝わったと語られた。学生も憲法問題に関心があるのだと感じた。
| 山田館長たちと |
9月28日、朝、山梨県南アルプス市へ行く。甲府駅に市立美術館の山田館長と塩田事務局長が出迎えてくださった。いつもながら頭が下がる思いがする。現在南アルプス市立美術館では、山田館長ら山梨県の油彩画家5人の作品が展示されている。是非と見たい作品なので楽しみにして出かけたのである。期待にたがわず素晴らしい作品群であった。特に山田耕三先生の作品には魅せられて大いに感動した。日本の美術評論家は日本のこのような優れた芸術家にスポットを当て論評し、美術館は作品を展示し啓蒙していく努力をなすべきだと強く思った。私は美術評論家(美術評論家協会会員)として、中国の無名な画家たちを論評し、作品を中川美術館に展示し、多くの人に刺激を与え、美術館の役割を積極的に果たしていると自負している。今回、南アルプス市美術館の展示作品を見てこれらの作品を評価し、展示していくことで評論家も美術館も役割を果たしていただきたいと強く思った。
10月1日、福山商工会議所が企画した赴任者の会一行が美術館に来られた。福山市にある企業や、支店に単身赴任されている方々に福山の魅力あるところを紹介し、奥さん子供さんなどにも魅力ある福山だと感じてもらうための試みをスタートされ中川美術館に立ち寄られた。私が中国芸術と西洋芸術の違いや特色などを講義し、中国芸術の素晴らしさを認識していただき、館内を鑑賞していただいた。丁度、8月6日小泉総理が鑑賞された状態のままの中川美術館の展示品は見事で気品あるもので一行はゆっくりと熱心に鑑賞され驚嘆されていた。こんな素敵なところがあるとは知らなかったと異口同音にいわれたのが印象的であった。中川美術館は宣伝はしてないが、中国の私が大好きな言葉で「桃李もの言わねども、下自ずから路をなす」という言葉があるが、この心境で中川美術館は最高級の美術品のみの展示を心がけている。
2005年9月24日
| 浦項ライオンズクラブ一行 |
9月23日、福山市と姉妹都市縁組をしている韓国の浦項のライオンズクラブの代表団が福山中央ライオンズクラブの小林さんの案内で、中川美術館に来訪される。代表団の方はとても文化的素養のある方で、会話が弾み、長時間鑑賞された。
8月は夏休みで中川美術館は休館していたが、9月から開館している。8月6日に小泉首相が中川美術館に来られたことをニュースで知って、中川美術館に来られる方が多い。小泉人気の影響が、中川美術館でも表れているようだ。
2005年8月20日
| 桃狩りを楽しむ | 美術館の皆さんと |
7月27日、甲府駅まで南アルプス市立美術館の塩田事務局長が出迎えてくださり、桃狩りに行った。桃は大好物である。温泉に入った後、美術館のスタッフの皆さんと夕食会をした。
7月28日、東京へ向う。歌舞伎座で、蜷川演出の「十二夜」を鑑賞した。
| 王毅駐日中国大使とともに | 挨拶する中川美術館館長 |
7月29日、人民中国雑誌社の日本印刷開始レセプションに招聘され出席した。中国側を代表して王毅・駐日中国大使と国務院・新聞弁公司主任趙啓正氏が祝辞を述べ、日本側を代表して私がスピーチをした。薀蓄に満ちた素敵なスピーチであった、と我ながら満足であった。
7月30日、私たち夫妻は、人民中国・社長、干明新氏を招き慰労の昼食会をする。キャピタル東急の星ケ岡で中華料理を満喫する。友人の柴田幸子さんも同席する。楽しい時間であった。
8月6日、小泉首相が中川美術館にご来訪される。さわやかな春風を感じさせながらご到着。美術館スタッフたちが拍手と歓声で出迎えた。妻が古式作法で中国茶をもてなした。とても素敵な雰囲気であった。中国茶の香りと色を楽しまれた後、ゆっくりと味を堪能された。その後、記念に揮毫をお願いすると、「感動」と揮毫してくださった。美術館のケ林の絵画の前では、福田首相と中国に行ったとき、ケ小平氏と会食をした思い出を話された。絵画や陶磁器などを熱心に鑑賞された。当初30分の滞在予定が延びて1時間過ぎの滞在であった。首相はとてもさわやかで、皆すっかり小泉ファンになってしまった。
記者会見で首相は記者の質問に答え「日中関係は冷えているというが、そうではない。現に文化を通じ中川美術館のように草の根の運動が民間で行われている。とても心強く感じている。」と記者に語る。衆議院解散2日前のことであった。
8月15日、親族が集まり恒例の夕食会をする。17人が集まりわいわいと語る。このような集まりが毎年続いている。