中川館長日記7

中川美術館 館長 中川健造氏の気まぐれ日記です。


2006年5月5日 

 4月17日から26日までスペイン旅行を楽しんだ。17日朝、スペイン滞在10年のキャリアを持つ中西和雅画伯を団長に、福山市の小池・小池病院副院長夫妻と福山市の渋谷・ニューキャッスルホテル社長夫妻、そして私たち夫婦の一行7名でスペイン・バルセロナに向け出発した。スペイン旅行を計画して約1年がかりで実現した。関西空港のラウンジにて休憩しながらお互いに旅の無事を祈って祝杯を挙げながら談笑した。関西空港からオランダ航空での16時間の飛行機の旅であったが、機内は快適であった。サービスは満点であった。

 スペイン・バルセロナは快晴で我々を出迎えてくれた。坂本氏が今回のスペイン滞在中のお世話をいただく人。スペイン在住25年の日本人旅行案内人・坂本氏である。中西氏の永い友人である。バルセロナ最高のホテル・マジェスティックに宿泊した。5つ星の最高級ホテルである。スペインの最初の訪問地・バルセロナは夢を感じさせる都会である。ゆっくり朝食をとった後、市内観光に出る。ガウディが設計したサクラダ・ファミリアやグエル公園などを見学した。昼食を楽しく語らいながらとる。夕刻、バルセロナを国内航空で出発し、グラナダに到着した。素敵な都市で3連泊する。昔の修道院をモダンに改造した話題の最高の高級ホテルに宿泊した。予約の取れないホテルである。興奮したホテルである。

 4月19日、グラナダでの最初の夜を過ごし、地中海に向う。トロピカル海岸は紺色の海、白壁の町で、青春の気分でルンルンであった。その後、一気に2500メートルの秘境アルプハーラの村を訪ねた。中西画伯の絵にある風景を見ることが出来た。まさに秘境で断崖の曲がりくねった道を専用車で走り去ったが肝を冷やしながらの3時間であった。秘境アルプハーラの町をゆっくりと散策した。とても印象に残った。後、夕方グラナダに帰り、市内を散歩した。

 4月20日、グラナダ市内に買い物に出かける。果物などの市場を回った後、待望のロエベでバッグを買う。グラナダ市内を散歩しながら、中西先生の下宿していた場所など思い出の場所を回った。想像外の生活環境で中西氏にあらためて尊敬の念をいだいたものだ。有名なアルハンブラ宮殿を照らす夕焼けを見た。アルハンブラ宮殿はスペイン・イスラムの最後の華である。アメリカ大統領クリントンが夫人に是非見せたい夕陽に映えるアルハンブラ宮殿がここである。夫人共々この場所を訪れて有名になった場所である。夕陽を浴びて私も妻とともにその場所にたった。クリントンの気分であった。また、その後、洞窟の中で観たフラメンコは素敵であった。最高のレストラン・モライマでの夕食会は一同正装して出席する。中東和平のため首脳(イスラエル・ラビン首相、PLO・アラファト議長)が食事をしながら会談した有名なレストランである。窓の向こうにアルハンブラ宮殿が見える最高の部屋で食事をした。一同、皆んな国家元首のような気分になっていた。その後、中西先生の友人でジプシーの親分が自宅で歓迎会を開いてくれた。ギターの名手を招いてくださり、弾き語りを聞いてとても満足した。中西氏の最高の友人関係が保たれていて可能となったスペイン・グラナダの感動のたびであった。

 4月21日、赤い屋根と白い壁のロハの町を少し散歩する。その後、洞窟住居のまちグアディックスを回って、ハエンへ行った。13世紀に建てられたアラブの城砦「サンタ・カタリーナ城」を改造した高級ホテルパラドール・デ・ハエンに宿泊した。城壁に囲まれた予約の難しい素敵な雰囲気のホテルであった。眺めも素晴らしい山頂にありまたも大感動をした。部屋も最高でテラスでゆっくりしたのも思い出である。見渡す限りオリーブ畑である。世界一のオリーブ油の産地である。

 4月22日、城壁の中で一泊したハエンを出発して、コンスエグラ村で風車の丘に登った。トレド旧市街の絶景が楽しめる山頂にあるパラドールで食事をした。今までに無い興奮であった。昼食後、トレド大聖堂やサント・トメ教会などを観光した。その後、城壁の町アビラへ向い、16世紀の宮殿を改造したパラドールに泊まった。

 4月23日、マドリッドへ向った。プラド美術館でゴヤ、ベラスケス、グレコなどの作品を鑑賞した。夕方、スペイン名物・闘牛を観戦した。闘牛がこんなに素敵なものとは思わなかった。闘牛士のスマートな姿勢や喜びを表す誇らしげな姿に見とれた。宿泊は有名なマドリッド第一と言われるパレスホテルであった。夕食はホテルのダイニングルームで皆おしゃれをして集合し素敵な晩餐会をした。

 4月24日、セゴビアへ向った。世界遺産に指定されている古代ローマの水道橋、白雪姫の城のモデルにもなったアルカサールなどを見学した。昼食で名物のイベリコ仔豚の丸焼きを味わった。この店はスペイン最高の老舗である。伝統行事であるイベリコ仔豚を大皿で切ってみせる二代目の店主の誇らしげな顔が強く印象に残った。大皿を高く投げて割るのもすごい演出であった。午後、マドリッドに戻り、ソフィア王妃アートセンターでピカソのゲルニカを鑑賞した。是非みたいピカソ作品であったので満足であった。スペイン滞在最後の夕食は昔の旅籠を改造した老舗のマドリッド第一と言われるレストランで、重厚な雰囲気であった。皆よく飲み、よく食べよくしゃべった。
 4月25日、朝10時マドリッドを出発して、KLMオランダ航空で日本に向った。機中は快適でサービスもよく食事も良くて、170度に延びた客席で満足のうちに日本に向った。
 4月26日、朝関西空港に到着した。笑顔で皆と別れ、私たち夫婦は大阪で友人と会い、夕方福山へ帰った。素敵な旅であった。中西先生に心から感謝である。そしてご一緒した小池夫妻、渋谷夫妻に有難うと言いたい。 


2006年4月15日 

 4月2日、渋沢栄一記念財団から頼まれていた雑誌「青淵」への原稿を書き終えた。中川美術館の花祭りの準備に追われていたので、なかなか書くことが出来なかったが、書き終えてほっとしている。
 4月4日、5日の両日、スタッフ全員で中川美術館周辺の整備を行なう。
 4月6日、7日の両日、精鋭スタッフが揃い、釈迦七尊像の部屋の大掃除と飾り付けを行なう。満足すべき状態に仕上がる。明日を待つばかりとなりスタッフとお釈迦様にお祈りをする。とても気分が高揚する。

 4月8日、9日の2日間、中川美術館秘蔵の釈迦七尊像の公開をした。1年に1度、釈迦誕生・花まつりの時期に行なっている。2日間とも晴天に恵まれ、多くの福山市民の皆様にお釈迦様の誕生を祝っていただいた。

東京から前日に到着され一番乗りをされた友人・三浦ご夫妻、大阪から定刻にお参りいただいた友人松田ご夫妻に心からの敬意を表したい。広島から41名の団体を率いて一番乗りをするんだと意気込まれた井上佐智子ご一行にも心から敬意を表したい。同じく23名の団体を統率され広島から到着された友人・中田氏にも有難いと感謝している。名古屋からお越しいただいた友人にも敬意を表したい。地元・福山市の専明寺の原田住職様には一日中お釈迦様の前で説話と読経をいただき参拝者に感銘を与えていただいた。感謝、感謝。早くからお越しいただいた柳田参議院議員、午後からお越しいただいた福山市長、市議会議長夫妻にもゆっくりとお釈迦さまの前にお参りをいただき敬意を表している。カメラを担当されて、早朝よりお越しいただいた藤本氏にもおおいに感謝。
 午後5時よりスタッフ一同周辺に飾った仏旗などの片付けを行なう。
あっという間に整理した。稀に見る中川美術館スタッフの能力だと自画自賛して軽い食事をしながら語る。
 4月13日、中川美術館の桜が満開となる。中川美術館天安門にかかる桜花は見事である。記念写真を藤本氏に依頼した。
 4月14日、藤本氏撮影の写真は見事なものであった。早速中国大使館、中国外文局などの友人に郵送する。
 4月15日夕刻、世界遺産の人たちが来訪される。楽しい語らいをする。一行は明日福山でシンポジウムを行なうとのことであった。
 


2006年3月10日 

 2月19日、旧知の廿日市市議会議員・井上女史から懇請されていたので、中川美術館を休日だが開館した。廿日市市から女性会一行34名が来られた。熱心に鑑賞され大満足のようであった。時間が無かったという印象であった。鶯の初囀りが聞こえた。春の訪れを感じた。
 2月23日、天満屋福山店の美術画廊で開催中の「野田正明」個展に出かけた。印象深い作品であった。

趙参事官と

 2月28日、東京に出かけた。中国大使館で趙参事官とゆっくりと歓談する。文化行事開催の打ち合わせをする。趙参事官の企画が提案され、私は賛成した。ユニークな企画であり、成功することを確信した。

干明新社長と

 3月1日、東京に北京から到着した「人民中国」社長・干明新先生と会う。東京に着いたとの連絡があり、私は東京に来たわけである。昼食をはさんでじっくりと語りあう。大いに参考になった。慌しい東京での2日間であった。その他にも数人の友人とも会い歓談をする。いつもながらの慌しい日程であったが、充実した2日間であった。 
 3月2日、ふくやま美術館へ夜のミュージアムコンサートを聴きに出かけた。ニューヨークから来訪した一行4名で、ニューヨークで活躍中の野田正明先生の友人である。ジャズのコンサートは、素敵で、あっという間の2時間であった。とても良かった。
 3月4日、今まで冬篭りをしていたが、本日から美術館を開館させた。今回の展示作品も超一級の文物と自負している。我ながら素晴らしい作品群でじっくりと鑑賞し楽しんだ。

野田先生とビアンキ氏

 3月6日、野田正明先生と元メトロポリタン美術館学芸員のロバート・スティーブン・ビアンキ氏が中川美術館を来訪される。ビアンキ氏はエジプト考古学が専門で世界的な権威である。中川美術館の展示作品をじっくりと鑑賞され、その熱心さに感心させられた。とても喜ばれていた。「中川美術館収蔵中国文物品とエジプト古代文物の合同展を企画したい、」と語られた。
 3月7日、大阪へ。梅田・空中庭園での今秋の展覧会の打ち合わせを行なう。毎日放送との合同展である。すべて合意が出来た。
 3月9日、ニューキャッスルホテルで野田正明先生のティーサロンがあった。野田先生の芸術の話はとても含蓄があり参考になった。このような芸術談義は大いに行なうべきだと思った。


2006年2月12日 

中川家と武鑓家

 2月11日、親族の岡山県倉敷市の武鑓けんじ氏のタケヤリ且ミ長就任を祝して親族だけで社長就任祝賀食事会を開催した。色々と話が弾んだ。とても楽しい祝賀の会であった。

生前の溥傑閣下と
北京の溥傑閣下自宅にて


夜、NHK教育テレビで、「わが父・溥傑(ふけつ)ラストエンペラーの弟・波乱の生涯」を再度見た。この番組は先月21日に放送されたものの再放送であった。溥傑閣下とは永いお付き合いをいただき北京のご自宅でも度々ご接待を受けていた。溥傑閣下の次女・こせい・さんから連絡があり、前回も見ているのだが、何度見ても激動の人生を歩まれたのだな、としみじみと思う。溥傑閣下や、こせいさんは中川美術館に何回もご来訪いただいている。いつも親しくさせていただいていることを大変光栄に思っている。

生前の溥傑閣下と
こせい・さん自宅にて

私の永い尊敬する方である。知人数人からもテレビを見たと私に電話があった。北京には、私も度々お見舞いにお伺いした。溥傑閣下が御他界された時、中川美術館で追悼展を、朝日新聞社、中川美術館主催で行なったものだ。私の学習院時代には、溥傑閣下の長女・えいせい・さん(学習院2年生だった?と思うが)の心中事件があり学内が騒然としたものだ。あらためて激動、流転の溥傑閣下であったと人生の運命を感じたものだ。


2006年2月10日 

 1月23日、地元出身のニューヨーク在住の芸術家・野田正明氏と前新市町長・藤原平氏と上海の画家と4人で食事をした。野田氏にご馳走になる。楽しい語らいの時間が持てた。
 1月24日、東京の友人・柴田幸子さんが我が家に来る。ゆっくりと語りあう。柴田さんは私の大学時代から友人で映画俳優・(故)田宮二郎さんの未亡人である。

 1月26日、中川美術館・友の会主催で「中川コレクション展鑑賞と宝塚観劇旅行」に出かけた。今回の参加者も定員一杯の40名で朝8時福山駅前を出発した。11時梅田スカイビルに到着すると、松本常務ら6名で出迎えてくださった。梅田スカイビル・空中庭園40階の会場では東京から参加したピアニストの徳江陽子さんがピアノ演奏してくださり感銘した。絵画は私が作品を解説しながら皆さんに鑑賞してもらった。昼食は39階の素晴らしい眺めの部屋で、大変豪華な中華料理を皆でいただいた。その後、宝塚に「ベルサイユのばら」を観劇した。豪華でとてもよかった。参加者は皆大満足で福山に帰る。心からリラックスできた一日であった。
 1月29日、友人の山口敬治氏が初の水彩画個展を開いたのでお祝いに行った。とてもよかった。

 2月4日、立春朝搾りを家族で味わった。神社でお祓いを受けた縁起のいいお酒である。私が飲んだのは、特別栽培米と清水白桃の酵母の岡山の寄島嘉美心酒造で造られたお酒で、おいしく味わった。

 2月6日、大阪へ展覧会の撤去作業に行った。大阪は晴天であったが、福山に帰ると雪であった。雪のため渋滞したが、無事中川美術館へ収めることが出来た。
 2月7日、NHK・BSで映画「第3の男」を観た。私の大好きな映画の一つである。新たな感動があった。
 2月8日、永い友人であった福山の佐藤秀樹さんが急逝した。だんだんと語れる友が亡くなり淋しい限りである。自宅に弔問する。


2006年1月21日 

 1月1日、除夜の鐘を聞きながら、恒例の初詣に出かけた。八幡神宮にお参りしたのち、艮神社にお参りした。そして観音寺に行き、先祖のお墓参りをして帰宅する。元旦の深夜の恒例の行事で家族全員で行なう。ずっと昔からの我が家の元旦の恒例行事である。その後、就眠する。朝は穏やかな日和であった。中川家のもう一つの行事は、元旦の夕方から恒例行事として兄の一家と私たち家族全員12名が揃い一緒に新年会を行なうのである。今年の元旦も、にぎやかに新年の幕開けの楽しい新年会であった。

 1月2日、姪が去年の夏結婚したため、披露を兼ねて親族の食事会があった。東京から、広島からも帰りゆっくり語れた。夕方、野田社長が年賀の挨拶に来られる。
 1月3日、広島県庁に勤める娘を広島へ送る途中、広島空港のフォレストヒルズガーデンでイタリア料理を食べる。ここは素敵で私たち一家は時々利用する。
 1月4日、経済リポート且ミ長・西原洋氏が新年の年賀挨拶に来訪される。参議院議員・柳田稔先生が年賀挨拶に来訪される。昼時であったので一緒に昼食をする。3時間も話し込む。
 1月5日 元・新市町・藤原平 町長が年賀に来訪。着物を着て来訪された。さすが文化人である。ゆっくりと話し込む。中国の友人から新年の賀状が沢山届く。その中でも、林先生(元・人民日報社長)の書かれた「日本三館訪問」の外文報の記事には感動した。林先生一行5名が訪日され、日本の原爆記念館、中川美術館、靖国記念館の三館を訪問し、その感想が記載されていた。中川美術館訪問の記載は愛情のこもった名文でとても嬉しかった。中国の高官に配られる外文報であるので有難いことである。中川美術館の日本庭園にある天安門が特に印象に残ったのであると記載されていた。

 1月7日 プールで初泳ぎをする。2時間30分かけてスポーツジムで汗を流す。その後、明日からの東京・大相撲初場所の初日に招待されていたので、その準備をする。三浦剛治氏(日本空手協会大学OB連合会会長)に招待され正月場所初日の観戦である。心ワクワクである。

 1月8日、8時25分の「のぞみ」で東京に向う。ホテルにチックインした後、両国で初場所初日の大相撲観戦をする。土俵の正面の桝席2列目の最高の桝席であった。横綱審議委員も私らの斜め前の桝席であった。観戦後、三浦夫妻のご案内で、新宿の有名な銀座アスターで中華料理をご馳走になる。心のこもったご接待をうけ私たちは感謝感謝で一杯になる。

 1月9日、新橋演舞場で「信長」を鑑賞した。小泉総理が鑑賞されたので話題を呼んだ。私も大好きな信長なので楽しみにしていた。銀座をぶらぶらしながら新橋演舞場に着く。予想以上にテンポのある展開でとてもよかった。終演後、銀座でコーヒーを飲みながら妻と感想を語り合った。

夜、友人・斉田氏とピアニストの徳江陽子さんと日比谷の吉祥で食事をご馳走になる。とても素晴らしい正月料理で満喫した。徳江陽子さんは学習院初等科、女子中等科を経て桐朋学園大学附属高校、パリ国立高等音楽院を卒業した素晴らしいピアニストである。NHK主催の学生音楽コンクール中学生の部で全国優勝したこともある。

 1月10日、宿泊していた帝国ホテルで、大学時代からの友人・鷲山氏と久しぶりに会い、食事をした。池袋で「のとや」という大きな食堂などを手広く経営していた。最近、奥さんが死去されたので励ました。長時間、話し込んで大変楽しい時間を過ごした。大学時代の話や、大学時代の友人の消息などを語った。3時間も話し込んだ。夕方の「のぞみ」に乗り帰福した。
 1月12日 友人・篠原氏年賀に来訪される。ゆっくりと昼食をとりながら語りあう。
 1月13日 ニューキャスルホテルの狩野氏 年賀に保命酒のケーキをもってこられる。とてもおいしいケーキであった。

 1月14日、ふくやま美術館で筑波大学大学院教授、芸術学博士・守屋正彦氏の「アートが地域を活性化する」の講演会を聴きに行った。守屋氏とは山梨県立美術館で学芸員をされていた時からで20年位のお付き合いになる。今回は、ふくやま美術館で1月13日から開催されている地元出身のニューヨーク在住の芸術家・野田正明氏の展覧会「野田正明展」の記念講演会のための来福である。講演後、夕方から我が家に守屋氏、野田氏、担当学芸員を招いて、夕食をしながら漫談をした。気がつくと6時間も話をしていた。芸術の談義は楽しい。利害のない友人との語らいはアッという間に過ぎ去った。
 1月15日、守屋氏、野田氏、そして前・新市町長の藤原氏を中川美術館へ案内する。中川美術館は冬期休館中であるが、大阪の空中庭園での展覧会の準備作業をしている。
 1月16日 美術館に団体で鑑賞したいので開館してほしいと懇請されていたので、特別に開館するための出かけた。喜んでもらった。

 1月18日、大阪・空中庭園に展示作品を搬入した。今回で4回目なので、スムーズに作業がはかどった。
 1月20日、大阪に行く。毎日放送(株)河内常務と新年の挨拶を交わす。昼食も忘れ文化談義に花が咲く。午後からの大阪・空中庭園での展覧会の開幕式に臨む。主催者・毎日放送(株)事業局次長、梅田スカイビル(株)社長、そして中国駐大阪領事館の馬興無領事が開幕式に出席して盛大であった。大阪を一望できる空中庭園の眺めも楽しめるので、2月5日までの開催の展覧会を是非観ていただきたい。


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