中川館長日記8

中川美術館 館長 中川健造氏の気まぐれ日記です。


2006年9月15日 

 9月5日、竹下虎之助・前広島県知事が来訪される。今回、中川美術館で展開している五人の中国画家は、以前に、中川美術館にて、それぞれ個展を開催している。そのすべての画家のオープニングのテープカットを竹下前知事がされているのである。1989年の呉団良作品展をスタートに竹下知事は毎回の中川美術館での開幕式に出席され、中国絵画を熱愛された。この5人の中国画家は21世紀のゴッホ、ピカソになるだろうと語り合った。そして、当時の思い出などを懐かしく語り合った。昼食をとりながら3時間にわたり楽しい会話をかわした。素晴らしい中国画家五人展である。

 9月7日、広島テレビが中川美術館に取材に来た。中国画家五人展は素晴らしいと取材班は語る。広島テレビ・奥原氏は感嘆の声を上げた。

 9月9日、朝、福山を出発して奈良・薬師寺へ向う。長いお付き合いをいただいている薬師寺・安田暎胤管主を訪ね、安田管主と歓談する。いつもの調子で、話し込んでいるうちに昼食が運ばれて安田管主にご馳走になる。来月19日、中川美術館友の会の旅行で、一行が薬師寺を訪れるので、そのご挨拶も兼ねて伺った。10月19日の訪問の際、管主の講話をいただくことを快諾いただいた。感謝感謝。

 それから京都に向う。毎日放送から招待をいただいて19回目の音舞台に行く。毎年素敵な音楽会に招待され出席している。今年の音舞台の会場である京都・東福寺へ行く。毎年、音舞台を楽しみにしている。今年の出演者は平原綾香、呉汝俊、マルコ・ベルティ、中国障害者芸術団、パルマ・オペラ・アンサンブル、和楽器オーケストラあいおいであった。なかでも中国障害者芸術団の千手観音は圧巻だった。中国の芸術のレベルは世界最高水準である、改めて認識した。毎日放送梶E河内専務、そして長い友人である毎日放送褐レ問・松田氏に迎えられて東福寺に到着する。今回の音楽会は、その東福寺の国宝の建物と仏像を開いて行なわれるが、その舞台装置に驚いた。いつもながら感銘した音楽会であった。毎年一回開催されて、私は毎日放送鰍ゥら毎年招待されるのである。

 9月14日、今日は、私の自慢の中川美術館・日本庭園の一部を手直しした。庭園師・檀上氏が終日行なう。苔も張替えを行なう。出来栄えが楽しみである。
前からの約束であった姫路から「喜寿の女性」の団体が来られて賑やかであった。喜寿を迎えられた一行に敬意を評し、私も中国絵画の講演も行なった。

 夜、我が家で福山商工会議所の皿谷専務たちと会食した。友人8人も集まり論壇風発した。論客ばかりなので話は尽きなかった。色々と情報の交換もできた。楽しい会であった。


2006年9月1日 

 8月20日、スタッフ一同で中川美術館の展示替えをした。「アッと目を見張る中国絵画の五人展」を楽しみにしていただきたい。中川美術館の秘蔵の中国絵画は21世紀のゴッホや、ピカソ、マチスなど、となるであろうと確信している。「今見て、今語りたい」というのが私の口癖である。20世紀の初頭に活躍した西洋絵画を卒業して21世紀の中国絵画をじっくりと鑑賞いただきたいものだ。1日かかって展示替えを行なった。展示替えは私の一番の楽しみである。見応えのある内容となりほっとした。大満足の配列である。中川美術館のボランティア・スタッフは有能である、といつも感心する。

 8月22日、東京からNHKエンタープライズの中村氏が来福。長いお付き合いをいただいている。中国絵画を河口湖美術館で開催された時のNHKの責任者であった。中国美術家協会副主席・古元先生、中国美術館館長など私の知り合いの中国美術界の要人を招かれたので私も開幕式に出席した。平山郁夫先生も参列されて盛大であった。私も少しお手伝いをしたのである。爾来のお付き合いである。当日は落雷により電車が一時ストップしたため、予定より遅れてこられた。素晴らしい話を聞き大いに勉強になった。中村氏はまさに青春真っ只中の雰囲気である。大いに刺激された。
 8月27日、中川美術館の庭の周辺の樹木や日本庭園を消毒した。不順な気候のため害虫が異常に発生しているのである。大掛かりな消毒を行なった。

 8月29日、南アルプス市議会一行が来福。夏期休館中であったが、特別に中川美術館を視察された。

一行は熱心に絵画や陶磁器などを熱心に鑑賞された。中国美術に関心を寄せられた市議会の一行8名の方々に敬意を表したい。21世紀は文化の時代だと言われているが口先だけの人々が多いことを残念に思っていたが一行の皆様を尊敬したい。
 8月31日、長いお付き合いのある奈良の薬師寺・安田暎胤(えいいん)管主さんと連絡を取り、中川美術館友の会一行が訪問するので講話をお願いして快諾をいただく。感謝,感謝である。10月19日に大阪梅田スカイビルでの第5回の中川美術館中国絵画展を鑑賞し、薬師寺を訪問するバス旅行が行なわれる際の企画である。いい企画のバス旅行となることでしょう。


2006年8月19日 

 8月3日から8月9日まで6泊7日の日程で飛鳥Uの竿灯・ねぶた祭クルーズを夫婦で楽しんだ。
 8月3日、8時25分、新幹線”のぞみ”で福山駅を出発。新横浜駅下車し、横浜中華街で一行と落ち合う。名古屋の久米氏ら9名で萬珍楼でお互いの紹介を受け、中華料理を食べながら歓談した。私たち夫妻だけが初対面であった。その後、横浜港に向う。手続きを終え、飛鳥Uに乗船する。流石に綺麗に改装されて豪華な客船である。50000トンの風格があり私たちのルームに落ち着く。
17時、横浜を出港。太平洋を北上す。早速船内を探訪する。

 8月4日、早朝6時船内を散歩する。朝食を食べ気分が高まってきた。10時頃、避難訓練があった。必ずする船内行事である。その後、得意の好奇心で船内を散策した。夜はインフォーマルということで皆、少しだけドレスアップして夕食を楽しんだ。船長主催で豪華な気分であった。今回は横浜中華街で顔合わせをしているので、グループで会話が弾んだ。前回のクリスタル・セレニティーの旅は私たち夫妻だけで知り合いがいなかった。

 8月5日、9時ごろ男鹿市の船川に寄港し、「なまはげ」が歓迎してくれた。その後、飛鳥Uの12回にあるプールで少し泳いだ。16時ごろ、秋田港に入港した。秋田竿灯祭を観覧した。飛鳥Uで観覧席を用意してくれていたので、ゆっくりと見ることが出来た。重層で素晴らしい祭りであった。ちょうど私たちが行った前の日には、中国の王毅大使も観覧された。夜遅く秋田港を出帆し秋田港に向う。

 8月6日、青森に入港。青森ねぶた祭を観覧した。こちらも飛鳥Uで観覧席を用意してくれていた。にぎやかで華やかなお祭りである。満喫した。日本の伝統のお祭りは素晴らしい。私たちが伝承していかなくてはならないと思った。船で深夜まで飲み物と軽食でデッキで語り合った。

 8月7日、午前8時30分に出発するオプショナルツアーの「青森−八甲田の山と秘湯」ツアーに参加した。秘密の湯とされている・酸ヶ湯(すかゆ)温泉と秘境の蔦温泉に入浴した。その後、八甲田山に登る。但しロープウエイで山頂に上った。日露戦争のときの軍事訓練で雪の中の八甲田山で遭難した軍人の悲劇の場所である。感慨深いものがあった。夕方、ねぶた祭最終日で、特別企画で「ねぶた」の海上運行と花火大会があった。飛鳥Uのオープンデッキからゆっくりと楽しんだ。洋上から見る花火は格別良かった。
 8月8日、ビンゴゲームに参加したり、ショーを見たりした。夜は少しドレスアップして船長主催のパーティーを楽しんだ。

 8月9日、予定通り10時に横浜港に入港した。台風7号の影響で入港できるか心配していたが、台風が進路を変えたので無事入港することが出来た。名古屋一行と別れ、我々夫婦は、東京へ向った。靖国神社を参拝した。夕方東京駅を出発し、夜、福山へ帰った。
 8月11日、お盆でもあるし、旅行の報告をするため墓参りをした。東京の三浦氏から大相撲9月場所のチケットが届く。今年の初場所に続いてのご招待に今からワクワクしている。正面桟敷の2列目の真ん中の桟敷である。感謝感謝。

 8月12日午前、東京から元NHK出版の萩野夫妻が来福。来宅されて語りあう。今は武蔵大学の客員教授をされている。午後、山形県酒田市から備前氏が来福。我が家で夕方までゆっくり過ごしていただいた。夜は、我々夫婦と、萩野夫妻、備前氏とでレストランで楽しく食事をした。論客なので大いに話がもり上がる。

 8月13日、北海道から書道家・加藤正叙(書峰社書道代表)さん一家が来福。美術館で中国美を鑑賞されて満足いただいた。夕方、恒例である中川家親族が集まり、毎年恒例の一族の会食をした。次の世代が成長し楽しい限りである。


2006年7月31日 

 7月2日、松永町で「中国文化について」の講演をした。150名の聴衆で熱心に聴いていただき、予定時間を過ぎてしまった。講演は成功であった。

 7月6日、広島市の友人・花谷一宏夫妻に招待されて、広島のサロン・ミクニに行く。ミクニは有名なフランス料理である。花谷氏に招かれてサロン・ミクニにいった。サロン・ミクニ記念の特別な日であったので、特別素敵な料理とサービスであった。頂いたクリフトフル・シャンパングラスも最高級で細工も繊細であった。花谷氏のお蔭で私たち夫妻も大満足であった。
 7月9日、沼隈町で「中国文化について」の講演をした。250名の熱心な人々で皆さんがメモを取っておられた。1時間の講演時間であったが30分も延長したものだ。いつも皆様が興味深くメモを取られているのを見ると熱がこもり時間が予定時間を30分はオーバーし、1時間30分講演した。
 7月14日、福山市を中心に三原市、尾道市などの医師30名で構成されている「くちなし会」の「中国文化について」の講演をした。予定時間は1時間30分であったが皆さんの要望があり2時間30分に亘り講演した。皆さんが熱心に聴講していただき私も愉快に話を進めた。私は中国の美術の宣教師の気分であった。講演後の食事会のときも次から次へと質問をいただきお答えをした。皆さんが大変に中国文化に興味を持っておられることが、よく分かった。次の機会のとき、またお会いいたしましょうと再開を約束した。
 7月15日、広島の商工会議所・専務理事などの一行10名。中国の絵画などのレベルが最高であることに驚かれた。百聞は一見に如かず。中国絵画ファンが新しく出来たと、喜んでいる。。
 7月27日、山梨県南アルプス市立美術館の山田館長夫妻と塩田事務局長が来福。ニューキャッスルホテル16階の部屋で福山城を眺めながらの素敵な歓迎の夕食会をする。中国美術について語り合った。時間の経過も忘れ、大いに語り合ったものだ。山田館長とは20年にわたるお付き合いをいただいている。

 7月28日、中川美術館で次回の展覧会の打ち合わせをする。昼食後、広島へ。広島では、中電工の加藤社長御夫妻のご招待をうけ、山田館長と一緒に広島プリンスホテルで中華料理をご馳走になった。おいしい中華料理に舌づつみをうちながら、お互いに楽しい語らいが続いて夜もふけた。宮島などの見える最高の部屋で食事をよばれる。感謝感謝。


2006年6月29日 

 6月7日、今日は佐渡ヶ島に招待されている。早朝に家を出て新幹線で新大阪から伊丹空港に向う。伊丹空港経由で新潟へ向う。今日から11日まで4泊5日で佐渡ヶ島に滞在した。東京から来られた佐渡汽船の大谷氏と斎田夫妻と秋田から田口さん一行と新潟佐渡汽船待合室で待ち合わせをし、佐渡へ渡った。佐渡の5日間は佐渡汽船東京事務所長の大谷氏の案内なので、とても心強かった。高速艇で1時間の船旅で到着した。到着後まず、佐渡能楽の里へ行った。ロボットが能の道成寺を演じていた。巧みに演じられたのには感心した。もっとゆっくり鑑賞したかったものだ。素晴らしい能舞台であった。昼食は屋外でバーベキューで歓迎された。本マグロを一匹料理されて堪能したものだ。大満足であった。

朱鷺の森にて 伊藤赤水氏と

それから朱鷺の森に向う。中国・江沢民主席から贈られたトキのつがいかスタートであったが今では90羽に増殖されたそうである。担当学芸員の説明を受けてよく理解できた。日中友好のシンボルである。そして私たちは佐渡金山へと行った。佐渡金山もよく整備されて当時が再現されていた。もっともっとゆっくりしたかった。その後、人間国宝の陶芸家・伊藤赤水氏の作品館を訪れ、伊藤赤水氏と会った。中川美術館の図録を見ながらゆっくりと語り合ったものだ。夕方、宿泊先のホテル大佐渡で、東京から同行した著名なピアニスト徳江陽子さんのピアノコンサートがあった。夕陽の中での演奏は素晴らしかった。アンコールの連続であった。すっかり芸術の世界にはまり込んだものだ。スイートルームに宿泊し最高の気分であった。佐渡ヶ島での初めての夜は夢のようであった。既に佐渡ヶ島のファンになったものだ。

 6月8日、黄金の花が咲き乱れる尖閣湾へ、そして歴史に名高い佐渡奉行所を責任者の案内で見学しよく理解できた。妙圓寺へ行った。木下順二の「夕鶴」で有名な鶴女房で語り部の巧みな話術に吸い込まれた。そして外海府巡りをし、佐渡最北端にある日本最大の岩・二つ亀へ行った。野原一面に黄花カンゾウが咲き乱れ、きれいであった。心地よい風を受けながら散歩して黄金の花に染まったものだ。今夜もスイートルームに宿泊させてもらって感謝感謝。

北雪酒造専務とともに 宮田氏とともに

 6月9日、佐渡の歴史が展示されている佐渡歴史伝説館や有名な太鼓の里・鼓童村へ行った。先月東京公演で会ったメンバーは今も公演中なので不在であったが、他のメンバーと会った。鼓童村ではちょうど修学旅行で訪れた小学生が指導を受けていた。その後、小木方面へ行き、湾の中で「たらい舟」に乗った。初めての経験であった。それから北雪酒造へ行った。出迎えていただいた北雪酒造の専務とは先月の斎田夫妻の結婚披露宴でお会いしている。北雪酒造の地ビールをいただいた。色々と親切な説明を受けた。夜は宿泊先・入海の宴会場で、現東京藝術大学学長の長兄の宮田氏(元東京藝術大学教授)と夕食を共にした。長時間にわたり語り合った。お互いの話がとどまる事なく続いた。大いに意気投合した。

世尊寺・本間住職とともに 正法寺にて

 6月10日、梨の木地蔵、佐渡博物館、妙宣寺の五重塔、大膳神社の能舞台を見学した。その後、世尊寺・本間住職と会った。本間住職は、実は日蓮宗本山の管首先生で平素は静岡に居住されているがその時偶然帰郷されていたのである。御年90歳である。色々とお話を聞かせていただき大いに勉強になった。老師から、ぜひとも、中川美術館を訪問したいといわれて再会を約束した。そして夕方には正法寺で開催された「ろうそく能」の「藤戸」を鑑賞した。能を鑑賞する前に貴重な世阿弥の「雨乞いの面」を特別に拝見させていただいた。貴重なお面で、めったに拝見できるものではない。案内いただいた大谷氏に感謝、感謝。ロウソクに照らされた能舞台は幽玄の世界であった。佐渡ヶ島最終日の夕食も豪華であった。大谷氏の心尽くしの5日間にわたるご配慮に心からのお礼を申し上げた。そして、ゆっくりと語り合った。すっかり佐渡ヶ島ファンになった。

長谷寺にて

 6月11日、佐渡ヶ島の最終日である。長谷寺、清水寺を訪れた。歴史と伝統の深さに圧倒された。住職自らの案内をいただき貴重な文物を拝見させていただき大いに勉強になった。全ての日程を終えた。未練を残しながらもフェリーで佐渡を後にした。フェリーは貴賓室で過ごした。最高級のもてなしでセレブな気分に浸った。とても快適であった。帰りは新潟駅より新幹線で東京へ向った。

隣花苑にて西郷槇子さんと

 6月12日、横浜の三渓園で原三渓氏の生誕100周年を記念して開催された特別展「下村観山展」を鑑賞した。隣花苑の西郷槇子さん(原三渓氏のひ孫)からご案内を受けていたので、ピアニスト徳江陽子さんと一緒に妻と3人で出かけた。夜、宿泊している東京プリンスホテルパークタワーのステーキハウス「桂」で食事をした。川崎総料理長からの果物の差し入れもいただいた。

南アルプス市立美術館の皆さんと

 6月13日、南アルプス市立春仙美術館へ行った。いつもながら温かい心の山田館長や塩田事務長らが甲府駅にまで出迎えて下さり嬉しかった。ご案内をいただいて、甲府の名物さくらんぼ園で「さくらんぼ狩り」を楽しんだ。前から楽しみにしていたサクランボ狩りでワクワクしてルンルン気分になった。文化でのつながりの交友は何よりも素敵であると心より感じた。人間の交わりが暖かなものであると実感をしたものだ。1週間ぶりに福山に帰る。
 6月15日、私の尊敬する陶芸家の小野寺玄氏
が来訪される。九州の若手で日本陶磁界の期待の星である陶芸家・福島氏と一緒に来訪。我が家で中国最高の陶磁窯・鈞窯(きんよう)について話が盛り上がった。鈞窯は私の大好きな中国磁器であるし世界最高である。福島氏はこの鈞窯に挑戦するとのことで私も拍手を送った。

小野寺玄氏と福島氏

 6月16日、昨夜に続いて今朝から、小野寺玄氏が九州の陶芸家・福島氏と一緒に中川美術館に来られた。中川美術館の陶磁器を熱心に鑑賞され時間が過ぎていった。
 6月26日、大阪・空中庭園へ10月の展覧会の打ち合わせに行った。
 6月29日、広島へ行った。京劇「三国志」を鑑賞した。


2006年6月1日 

「桂」にて合同誕生日会

 5月20日朝東京に向う。今日から23日まで東京に滞在した。友人の斎田氏、徳江さんの結婚披露宴に出席するため出発した。宿泊ホテル・東京プリンスホテル・パークタワーに到着後、部屋で一服した後、潟鴻Sハウス・ジャパンの社長・原 清武氏夫妻と軽食をしながらバーレーンでのF1レースのことなどを話し合った。潟鴻SハウスはF1レースの公式グッズの権利を持っている会社である。その後、学習院大学の同級生・中野元氏と久しぶりに会って、大いに歓談した。彼は報知新聞で活躍後、歴史小説や野球界の裏話などを描いたノンフィクッション小説などを書き活き活きとして活躍している。学生時代からの親友である。その夜、ピアニストの徳江陽子さんと大阪の枚方市立病院の志熊副院長の合同誕生日会を東京プリンスホテルパークタワーのステーキハウス「桂」でおこなった。2人は偶然にも同じ生年月日である。徳江陽子夫妻と志熊夫妻に私たち家族が加わって楽しく会食した。料理長自ら腕をふるっておいしい鉄板焼きをたらふく食べて大いに語って大満足であった。

新郎新婦とともに 新郎側代表で挨拶

 5月21日、早朝、増上寺や東京タワー周辺を治美とゆっくり散歩した。日曜日の朝で爽やかな気分であった。散歩の後、パークタワーホテル33階での朝食は豪華でおいしかった。午後1時から、赤い糸で結ばれた徳江陽子・斎田光孚夫妻の結婚披露宴に出席した。とても和やかで素敵な披露宴であった。130名の出席者で、会の進行役である司会者は若林正人氏で軽やかな滑り出しであった。私は新郎側の代表で挨拶した。調子に乗りベラベラと喋ったものだ。豪華な顔ぶれの出席者であった。陽子さんは世界的に著名なピアニストであるのでピアノ演奏がおこなわれた。素晴らしい演奏で会場は盛り上がったものだ。4時間の披露宴であったが、あっという間であった。楽しい披露宴の後のその夜、隣の東京プリンスホテルに席を替え、斎田・徳江新婚夫妻を中心にプリンスパークタワーホテルの総料理長・川崎氏と一緒に数人で「虹の豚」のしゃぶしゃぶを味わった。楽しい語らいの時間と含蓄のある会話が続いた。今日も夢のような1日であった。

中国大使館にて
王毅中国大使とともに

 5月22日、我が家の実力者・中川恵子夫人と長女・治美と一緒にパークタワー・ホテルを出発して、中国大使館に行って、王毅・中国特命全権大使と会談した。我が家は皆んな王毅大使の大ファンで、この朝は妻も娘もそわそわしていた。大使は、大使の建屋の玄関まで出迎えていただいていた。そして早速に玄関に飾られた絵画の説明を大使から受けたのち、ゆっくりと各部屋に案内され、絵の話や飾られている陶磁器や仏像の由来や作品について説明を受けて、大使と文化談義を行なった。とても楽しい時間を過ごした。大使閣下には後の来客が予定されていたが、私との話が長引いた。楽しい長い時間であった。来客はずいぶんお待ちになっておられたことと思う。妻や娘は、聡明な王毅大使閣下の虜となりますます大ファンとなった。

家田紀子さんや鼓童のメンバーと
鼓童の砂畑好江さん

午後、世田谷パブリックシアターで坂東玉三郎と鼓童の「アマテラス」を観に行った。坂東玉三郎と鼓童の舞台は、とても素晴らしかった。幽玄の世界に導かれた。その鑑賞の後、徳江、斎田新婚夫妻との夕食会を行なった。鼓童のメンバー3人も加わって「庄や」など800店舗を率いる大庄グループの創始の「大庄」平辰社長、叶「界日報社・木下社長、佐渡汽船・大谷東京支店長たちと食事をした。ソプラノ歌手の家田紀子さんやピアニストの徳江陽子さんや鼓童の小島千絵子さんや砂畑好江さんや私が、それぞれの立場から舞台の感想などを語り合った。ソプラノ歌手・家田紀子さんからいただいたCDを家で聞くのを楽しみにした。

参議院自民党幹事長室にて
片山幹事長とともに

 5月23日、午前10時、国会を訪ね、参議院の片山虎之助幹事長とお会いした。国会内の自民党幹事長室に行き大いに語った。ご多忙であったと思っていたが、幹事長とも長時間話し合った。片山虎之助幹事長とは妙に馬が合い、いつも長い時間語りあうものだったが、この日もそうであった。その後、法務省・法務総合研究所の中井憲治所長を訪ねた。積もる話を交わした。剣道の達人で爽やかな切れ者の中井所長は、いつも春風のように暖かい。その後、東京駅に行き、新幹線「のぞみ」にて帰福した。意義のある楽しい東京滞在4日間であった。
 5月24日、午前10時から福山市の老人大学で「中国文化について」特別講義をした。午後3時30分まで講義した。皆さんが、とても熱心に講義を受けられて私も講義し易い雰囲気であった。中国文化の深遠さが理解され私も大変嬉しかった。西洋文化とは一味違うということが分かっていただけた。
 5月26日、渋沢栄一財団が発行している「青淵」6月号が届いた。私は、今回も依頼を受け「“孫子の兵法”に想う」と題して寄稿していた。「青淵」は渋沢グループの機関紙である。とても素晴らしい内容で多くのフアンをもっている。機会があったら皆さんも是非読んでいただきたい。
 5月28日 福山市内で講演した。前から依頼されていた中国美術や中国文化について講演した。皆様、熱心に聞いていただき、それに応えるように私も熱弁をふるったものだ。まるで私は中国文化の宣教師の立場であるような気がする。
 5月30日、私たち夫婦の結婚記念日であるが、大阪の知人から電報と花が届いた。私たちよりも周りの知人たちのほうが詳しいと苦笑したものだ。大変に有難いと感謝、感謝。
 5月31日、東京でソプラノ歌手の家田紀子さんからプレゼントされたCDを自宅の応接間でゆっくりと聴いた。音声も良く響き、大輪のダリアが咲いた響きを感じ、ソプラノの声に「気」を感じた。4年ほど前、私たち家族は特別に招待され奈良・法隆寺国宝の前で演じられた世界3大テノールの1人、ホセ・カレーラスの素晴らしいテノール聴いて大いに感動したが、その法隆寺でのホセ・カレーラス以来の感動であった。法隆寺で聴いた我が家族一同でゆっくりと感想を語り合ったものだ。意見が一致した。家田紀子様ありがとう。素晴らしい音楽は心を清めてくれるものだと今日も感じた。


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